今月の名曲昭和アニソン10選【2019年1月版】

06.誰でもいいから / アニメーション紀行 マルコ・ポーロの冒険 ED

放送年 – 1979年~1980年
作詞・作曲 – 小椋佳 / 編曲 – 小野崎孝輔
歌 – 小椋佳

疲れた心に寄り添う、小椋佳節が光る隠れた名エンディングテーマ

私は応援歌が苦手だ。何故なら、応援歌というのは無責任にがんばれだの負けるなだのを連呼してくる曲が多く、そんなこと簡単に言ってくれるなとイラッとするし、心が弱っていると、がんばれない自分がダメな人間に思えてきて聴いていると死にたくなってくるからだ。そもそも歌にメッセージ性なんていらないと思っている方なのだが、どうにも「誰でもいいから」を聴くと心が支えられる。
くじけそうなとき、誰かに傍にいてほしいよねと歌う歌詞は、ただただ疲れた心に寄り添ってくれるようなぬくもりに溢れている。心身が疲れたときは「がんばれ」と言われるよりも「そうだよね」と言いながら傍にいてもらえる方が心が救わるものではないだろうか。応援歌が苦手なのに、どうもこの曲に応援されてしまうのは、押し付けがましさがなく、そういった人の心理をちゃんと捕えてくれているところにあるのだと思う。それに、サビの最後の“君であればと”という歌詞がまた己が必要とされているような気になり、勇気づけられる。小椋佳の歌詞はそんな風に心にそっと寄り添ってくれるものが多くて好きだ。
それにまた、小椋佳は歌声が卑怯だ。小椋佳は吉田拓郎などに代表されるフォークのような歌い回しをする。あえて字余り気味に書かれた歌詞を語るように歌い上げる声は、正直通りがよくなく、所謂いい声とは言えない。テクニックを駆使するタイプでもない。しかし、どうにも人の心を感動させる。飾らない、素朴な歌声だからこそ、人の心に届きやすいのかもしれない。

07.メカニカル・ダンシング・ファイト / 黄金戦士ゴールドライタン ED

放送年 – 1981年~1982年
作詞・作曲 – 山本正之 / 編曲 – チト河内
歌 – TOMO

テクノになりきれないテクノっぽい謎サウンド

「メカニカル・ダンシング・ファイト」は聴くたびに珍妙な曲だなと思う。しかし妙な味があり癖になる。特に当時大旋風を巻き起こしていたテクノサウンドの影響を感じながらも、テクノに成りきれていない半端さと、不思議なギターの音色が独特の雰囲気を醸し出していていい。
そんな「メカニカル・ダンシング・ファイト」の作詞作曲を担当したのは山本正之だ。山本正之の曲はどうにも素人くささが抜けきれない。元々フォークの人だから仕方ないところもあるが、コードも展開も捻りのない安易さが目立つし、メロディもいきなり高音にいったり、逆に低くなりすぎたりという箇所も多い。この曲も“親友々々”の二度目の”親友“をはじめ、ところどころいきなり音が低くなるので非常に歌いづらい曲になっている。
その上この曲は冗長性が強く、“待ってる燃えてる”から“狙え悪のイバルタ”までのあいだはごっそりカットした方が曲としてすっきりまとまるのではないかと思う。百歩譲っても、“戦うハートがフュージョン”まででよかったように思う。
と、山本正之ファンにも山本正之自身にも怒られそうなことをつらつらと書いたわけだが、基本的にはこの曲は好きだ。“見つめてる守ってる”なんて、わざと譜割が悪く書かれたであろう歌詞が妙な味を産み出しているし、“息もふれあうほど親友”なんて不気味な歌詞も笑いを誘っていい。あれ、やっぱりディスってないかって? 気のせいだろう。

08.クロダコ踊りPART1 / とんでも戦士ムテキング 挿入歌

放送年 – 1980年~1981年
作詞 – 原征太郎、柳川茂 / 作曲・編曲 – はやしこば
歌 – 大杉久美子、こおろぎ’73

ファンクのビートでクロダコ変身!

「クロダコ踊りPART1」は『とんでも戦士ムテキング』に登場する敵役、クロダコブラザーズが人間に変身する際流れる曲だ。
『とんでも戦士ムテキング』の楽曲は主題歌から挿入歌に至るまで良曲揃いなのだが、挿入歌群は一部を除き未だ未CD化。この曲もレコードを購入するしか聴く方法がないが、2018年12月に『青春ラジメニア』というラジオ関西のアニソン番組で流してくれたのだからラジメニア様々だ。
「クロダコ踊りPART1」はファンクのビートに乗ったかなりノリノリな1曲だ。劇中ではばっさりとカットされているイントロのフルートソロがとんでもないかっこよさで、特に歌に入る手前のスリリングな音符の落ち方には胸が熱くなる。タイトなドラムやカッティングギター、おしゃれなエレピも聴きどころだ。そしてなにより間奏のフルートソロがとんでもないかっこよさでたまらない。割れ気味な勢いで入ってくるフルートの演奏はブラックフィーリングたっぷりだ。
劇中でこの曲を歌っていたのはクロダコブラザーズであったが、レコード版は大杉久美子とこおろぎ’73が歌っている。この曲を歌う大杉久美子の声がとんでもなくかわいいので大杉ファンは必聴だ。途中から入るテープの早回し等で作ったであろう甲高いチビダコの歌声もまたいい味を出している。
とてもいい曲なのでそろそろCD化してもらいたいものである。

09.ビギン・ザ・ナイト / めぞん一刻 ED

放送年 – 1986年~1988年
作詞 – 来生えつこ / 作曲・編曲 – ピカソ
歌 – ピカソ

恋の駆け引きを歌う大人のクリスマスソング

私は『めぞん一刻』が好きだ。アニメはぼちぼちしか見ていないが、原作は全巻所持し、定期的に読み返している。
『めぞん一刻』のなにがいいかというと、マンガ的なエンターテイメント性と、人間らしいリアルな感情表現や人物描写が共存している様がとても心地いい。現実でこんなことねえよというエピソードを挟みながらも、それによって産み出されるキャラクターたちの感情がとても複雑でリアルで読み応えがあるのだ。
「ビギン・ザ・ナイト」はそんな『めぞん一刻』の最後を飾るEDだ。昭和のアニソンには珍しくクリスマスをテーマにした季節感のある曲で、大人の恋を描いた1曲になっている。
『めぞん一刻』という作品はアニメでありながらドラマのノリに近い作品であったため、どの主題歌もアニソンというよりは歌謡曲といった大人っぽい楽曲になっていた。この「ビギン・ザ・ナイト」も例外なくポップスといった風貌の曲で、この曲を書いたピカソもアニソンを作るつもりはなかったのではないかと思う。実際、「ビギン・ザ・ナイト」のレコードジャケットには『めぞん一刻』のキャラクターの姿はない。
しかし、よくあるタイアップ曲のようにアニメと関連性の低い曲かと言われるとそうではない。なんらかの理由で素直になれない女性を、君のことはお見通しさと言わんばかりに口説く歌詞は音無響子と五代裕作ではないかもしれないが、ふたりを連想させるもので『めぞん一刻』という作品に見事にマッチしている。
ところで何故1月にクリスマスソングかって? それは元々この記事は12月に書いていたものだからだ。

10.怪獣王子の唄 / 怪獣王子 OP

放送年 – 1967年~1968年
作詞 – 土屋啓之助 / 作曲 – 半間巖一
歌 – 天地総子

追悼・天地総子

11月に成田賢、12月に藤田淑子とアニソンファンとしては悲しい訃報が続いたわけだが、この1月にもひとつ、さみしいニュースが舞い込んできた。
2019年1月6日、初代アート引っ越しセンターのCMソングをはじめ、たくさんのCMソングを歌ったコマソンの女王・天地総子が亡くなった。78歳だったそうだ。
天地総子はその独特の声でアニソンも数曲歌っている。その中で一番有名なのは、86年版『オバケのQ太郎』のOP「大人になんかならないよ」だろうが、私は天地総子の歌ったアニソンの中では『怪獣王子』のOP「怪獣王子の唄」が一番好きだ。
『怪獣王子』はジャングルを舞台に恐竜を乗りこなす少年が登場するストーリーということで、土着感満載な曲になっている。ブラスとパーカッションの暴れ方が非常にカッコよく、まさに猪突猛進といった印象を受ける曲だ。イントロからとんでもないパワーで入ってくるが、アウトロがまたテンションが高く、最後まで気が抜けなるところがない。
そんな中で天地総子の歌声は高らかだ。バッキングのテンションの高さに負けない歌声は、それこそジャングルで叫んでいるような勇敢でよく通る声で、聴く人の脳天を刺激する。特に最後に“怪獣王子”と締めくくる高音は迫力満点で圧巻だ。
この当時のコマソンを歌う歌手は独特の声質を持つ人が多かったが、天地総子もまたそのひとりであった。おもちゃのような歌声は中毒性が高く、そして素晴らしくうまい。この人も他に替えのきかない唯一無二の歌手であった。
こうしてまたひとり、昭和の名歌手がいなくなってしまったことを心から残念に思う。

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